
児童養護施設は報酬を感じにくい仕事と言われています。長い人生のほんの一瞬、子ども達と生活を共にし、施設を出て担当の子どもが幸せに暮らすその時まで、職員は子ども達を支え続けます。子ども達の人生を見届ける職員は、毎日の小さな報酬や関係の変化を感じる暇もないほど忙しい時もあり、疲れてしまうことも。今回は、少しでも子ども達の関係の積み重ねを実感できるよう、子ども達との関係の段階をご紹介します。
目次
子どもと職員の関係

子どもと職員は、担当や保護者代わり等という言葉では表現できない、切っても切れない関係になることがあります。
私が児童養護施設に入職した初日。担当の子ども達と目の当たりにし、緊張のあまり余所余所しく挨拶を交わした事をよく覚えています。
その日から時に笑い、時にぶつかり、時に挫けそうになる事がありましたが、今でも子ども達と関わり続けていられるのは、ケアをすべき子ども達から頂いた小さなプレゼントのおかげに他なりません。
始めは他人行儀ながら良い関係に見えても、徐々にぶつかり「こら!」と言ってしまったり「うっさいなぁ!」と煙たがられたり。気がつくと口を開く事もなくなる時期もありますが、それでも向き合い支え続けると、互いに信頼し合える関係になっています。
子どもとの関係が分かる4段階
私が職員をしていて、今子ども達との関係がどの段階にあるかを自分なりに整理していたことがあります。
その関係は大きく分けて4つの段階になり、子ども達の支援に行き詰まったり、関係が積み重ならない時によくその段階に照らし合わせて、やる気に変えていました。ここからは、その4段階をご紹介します。
段階①:イチャイチャ期

初めましてから、本格的な支援をするまでの間がこのイチャイチャ期です。
「どの学校に行ってるの?」「何が好きなの?」などなど、互いをとことん知る事から始めるこの時期は、緊張もあって素の自分を互いに出せないもの。新任の職員さんの場合「かっこいいお兄さん」と見られたり、「素直でかわいい子」と見たりと、一見して摩擦のない良好な関係に見えます。幼児さんであればおんぶに抱っこ、添い寝や一緒に遊んだりと、楽しい時間をとにかく過ごす時期でもあります。
私はこの時期が最も短く、当時を振り返っても「かっこいい」というお言葉を子どもから頂戴したことはなく、顔が強面という事もあり「○○ちゃんこんにちは」などと近づこうものなら、幼児さんは泣いてしまうといった悲劇もあったので、イチャイチャ期は実質1ヶ月も経たない内に終わりました。
段階②:バチバチ期

イチャイチャ期を終え、本格的に子どもと関わり始め、顔を突き合わせていくのがこの時期です。
イチャイチャ期は霧のように消え去り、「起きて!」と遅刻寸前の子どもを何度も起こせば「なんで起こしてくんないの!」と逆ギレされ、深夜に子どもが帰ってくれば、用意していた夕食を食べずに部屋に直行「何も知らないくせに」と言われ、ズシンと落ち込むこともあるなど、例を出せば湯水の如く湧いてきます。
もちろん悪いことばかりではなく、子どもの成長を喜べることもありますが、衝突は増え、上手くいかない事ばかりが気になってしまうのがバチバチ期。
優しくて素直な子、努力家など、抱いていた子どもへの期待とは裏腹に、子どもは想定外の反応を見せます。
期待をしているからイライラしてしまうし、子どもとしても「なんで分かってくれないの」「○○さんのことが分からない」と感じる時期です。
とはいえ、一見して上手くいっていなくても、子どもとの関係は少しずつ前に進んでいます。焦らず子どもとの関係をチームワークで深めていきます。
私はこのバチバチ期が入職して4年間は続き「俺が偉くなったら覚えとけよ」などと思ったものでした。
段階③:ドン底期

職員も子どもも一人の人間です。相性の良し悪しがあり、特に相性が悪い場合はこのドン底期が訪れ、お先真っ暗、漆黒の闇に包まれます。
関係は冷めきり、目を合わさなければ口も開かず、声をかければこの世のものとは思えぬ恐ろしい魔道士の様な声で「○✕□△!」と表現してはいけない罵詈雑言をお見舞いされることも。
四面楚歌、打つ手なし。仕事を終えて帰宅した後も頭をよぎるのはその子の事ばかり。決して子どもを見捨てたわけではなく、どうしたら関係を立て直し、子どもが気持ちよく生活し、前を向いていけるかを考えれば考えるほど、答えの無い迷宮に迷い込みます。
時に退職を考えてしまうのもこの時で「自分はなんで児童養護施設職員を目指したのか」と、初心を問われます。
しかしこのドン底期を乗り切れば、何があっても揺らぐ事のないガッチリ期が訪れます。
段階④:ガッチリ期

ドン底期を過ぎると、すれ違っていた思いが噛み合い、強い信頼が生まれる瞬間があります。その時ドン底期はガッチリ期に変わり、震度100でも崩れる事のない強い関係となります。
私はドン底期の関係にあった子どもと関わっていた頃、何をどうしたら良いか悩みに悩んだ末、部屋に閉じこもる子どもの部屋の前に座り込み、冷静に想いを伝えた事がありました。特にその子とは現在深い関係にあるわけではないのですが、それからは互いに「あの人はこういう人だから」と、期待や不信を抱く事のない、安定した関係に変わったのを今でもハッキリ覚えています。
素行が良くなるわけでも、職員さんが思う「こうあって欲しい」という願いどおりになるわけでもありません。イチャイチャ・バチバチ・ドン底と、段階を経て辿り着いた関係は、長い年月子どもと関わる児童養護施設職員ならではのもので「これがあるから辞められない」と言えるモチベーションのひとつともなります。
子ども達がくれる報酬

4つの段階では、一見してネガティブな事ばかり起きますが、子ども達はその過程の中でも、職員さんに嬉しい言葉かけを始めとしたサプライズをしてくれる事があります。
授業参観に行ったら喜んでくれたり、料理の味付けが好みだと残さず食べてくれ、職員山の誕生日を覚えていてくれるなど、小さな喜びを沢山与えてくれます。関係作りにおいて大人も子どもも立場や年齢に意味はなく、理解し合おうとし、気持ちを理解しようと耳を傾ける事を続ける中で、ケアすべき職員が、いつの間にか子どもにケアされていることも。
毎日はあっという間に過ぎ去っていく中で、ふと撮りためた写真に目を向けると、子ども達の笑顔や何気ない毎日が、とても愛おしく感じる事もあり、あまりに自然すぎて気が付かないけれど「職員をしていて良かった」と思える瞬間は、実は日常のどこかで必ず見つかります。
日々を大事に過ごして子ども達との関係を深めよう

子ども達との生活はいつも悩む事の連続です。正解はなく、長い時間をかけて積み重ねていく関係は、出口の見えないトンネルを走っているようにも感じ、いつの間にか初心を忘れ、挫折する事もあります。
しかし、それでもと諦めずに関わり続けた先には、切っても切れない関係が生まれ、職員の存在が子どもが自立に向かっていく原動力となり、職員にとっても児童養護施設で働くモチベーションとなります。
4つの段階を知ることで、現場で働く職員さんの一助となれば幸いです。
コメント